点字出版部会長 田中正和

著者近影

数年前、点字出版界に衝撃が走った。 1907年に国産で初の点字製版機を製作し、質の高い点字用具や機器を数多く製造してこられた会社が廃業されたのだ。その結果、物づくりを自認するわが国ではあるが、点字製版機や点字印刷機を製造する会社が、全国で1社だけになってしまったのだ。その1社にもしものことがあればどうなるのか、たいへん危ない状況に点字出版界は立たされることになった。

さて、紙に印刷された点字は指の滑りがよく、長時間読んでも疲れないし、快適に読書ができると言われてきた。各点字出版所では、プロの技の見せ所として点訳・製版・印刷・製本にこだわり、図書製作に心血を注いできた。

そして、熟練者が活躍したその世界にも、時代の流れが押し寄せてきた。今やパソコン点訳一色となり、自動製版機や高速の点字プリンタが登場し、図も描けるソフトや点字プリンタが開発された。さらに、情報ネットワークには桁外れの点訳図書がアップされ、これまでの点字出版のスタイルでは太刀打ちできない状況となってきた。また、点字広報誌等の印刷部数も大幅に減少しており、あの手この手の知恵を絞ってはいるが、なかなか厳しい状況である。

こうした中、自動製版機や点字印刷機の需要も先細りしており、冒頭で述べたような廃業につながったのではと思われる。1社となってしまった製造業者に話を伺ったところ、事業を継続する展望が持てない、早く納品してしまうと仕事がなくなってしまう、修理等の依頼はくるが予算がないのかついでに来てくれというケースが多くなっている、などということだった。事業を継続してもらう打開策として、保守契約を結ぶことで即時対応の体制整備も含めてある程度見通しが立てられるかなという話をしている。

点字出版所は、日本の点字が制定されて120年あまりの中でたいへん重要な役割を担ってきた。最近では、点字サインのJIS規格の制定に貢献したり、2004年の参院選の際に選挙情報支援プロジェクトを日本盲人会連合と共同で立ち上げ、県レベルでわずか4分の1程度でしか提供されてこなかった「点字選挙公報」を、今日ではほぼ全県で配布されるという状況を切り拓いてきた。また、100年あまりの点字文化は、視覚障害者と社会に大きな変革をもたらし、視覚障害者の社会進出や社会参加が飛躍的に進んだ。今日、点字文化を支えてきた基盤に深刻な危機が迫っている。どう乗り越えて行けばよいのか、各施設の努力だけでは手が及ばないところに来ている。

国にはそうした状況をしっかり認識していただき、早急な対策を講じていただく必要がある。例えば、自動製版機や点字印刷機が国の責任で安定的に供給されるようにしていただくこと、機器の整備に必要な助成金を創設していただくこと、保守契約等を結ぶための事業助成金を創設していただくことなどが望まれる。

 

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