この章では、視覚障害者と在宅ワークとの関係について考察して見る。
この章では、視覚障害者と在宅ワークとの関係について考察して見る。
ここでは、聞き取り調査の二つの事例から、視覚障害者の在宅ワークの現状を報告する。
グウグルのHPによれば、在宅ワークあるいは、テレワークとは、「情報通信技術(IT)の電子メールなどを活用し、時間、場所を柔軟に利用して、自宅やサテライトオフィス、喫茶店など普段仕事をしない場所で働く働き方」をさす、と定義されている。
そして、厚生労働省の調査では、最近、在宅ワーカーは全国で1000万人を超えているとモ書かれている。
今回、このような定義に該当する視覚障害者のリストアップからはじまり、アポイントメントを得た二人について、直接対面し、インタビュー方式で聞き取りによる在宅ワークの現状調査を行った。
調査の対象者は、東京と内に所在する民間会社に勤務する二人の男性社員である。
お二人は中途失明者で、年齢は、それぞれ、50代だ。
在宅ワークの場所はDさんが埼玉県内、Eさんが神奈川県内にある自宅であるが、それぞれ、自宅内の一室を仕事場として占用し、パソコンなど業務遂行に必要なIT機器がところせましと設置されている。
因みに、Dさんの場合、パソコン、プリンター、スキャナー(イータイピスト)、各種ソフト(2000リーダー、ボイスサーフィン、翻訳/辞書、JAWSなど)のほか、電話ファックス等、上記全て会社より支給されたものが設置されており、本社人事グループの一員として働いている。
機器導入に当たって助成制度は活用していないとのことだ。
Eさんの場合は、パソコン3台(MS−DOSが稼動するNEC98シリーズ、エプソンノWindows98、IBMノート型・Windows98)、各種ソフトウェア(オフィス2000、XPリーダー、JAWS、PC−Talker、OutSpoken、ホームページリーダー)、電話ファックスが設置されており、顧客サポートセンター コンテンツ制作やシステムのメンテナンスなどに取り組んでいる。
機器に関しては会社からの支給品と私物が混合しているという。
Dさん、Eさんの在宅ワークの経緯や職種などは以下に紹介するが、お二人に共通している仕事の内容がそれぞれ見えていたころ体験した得意分野であるということは、注目すべきではなかろうか。
Dさんは現在、従業員 約720名、障害者数 本人を含む5名・うち視覚障害者本人1名のみという規模の中で働いているが、もともとは、30年以上の経歴を有する、長い海外経験のある営業マンだった。
会社創業以来はじめての視覚障害者の出現ということで、当初は会社もどうしたものかと迷ったようであるが、結果的に、通勤途上の安全性の確保、及び、海外経験を活かした社業関連の専門記事の英文和訳、並びに海外店よりの月例市況報告コメント、営業アドバイスなどの仕事を任せることになったという。
これに伴い、パソコンなどはまるで縁のなかったDさんのパソコン支援体制について、主に本社システムグループが中心になるなど、全面的な会社側のサポートにより、在宅ワークは開始されたという。
Dさんの過去の会社に対する貢献度なども背景にあったろうと推測されるが、会社側のこの協力姿勢は高く評価できると思う。
以下は、在宅ワークに至るまでの経緯だ。
このような経緯を経て、これまでの営業マンとしてのフェイス・トゥー・フェイス・スタイルの仕事から大転換して、はじめて経験することになった在宅ワークはスタートすることになったのだが、翻訳作業に取りかかろうとしても、もともとパソコンの素地がなかったこと、希望する翻訳用ソフトに出会え名かったことなどが重なり、仕事が軌道にのるまで6ヶ月間を要したという。
ただ、いきなり音声対応によるパソコンやスキャナによる文書読み取り装置などに出会ったときは感動ものだったと言う。この言葉は多くの中途視覚障害者が味わう実感ではなかろうか。
業務量は、毎日着実に遂行してゆかなければ溜まってしまい、まとめてやろうとすると良好な成果品を挙げられないほどたっぷりあるという。
就業時間9時から17時15分までを確実に厳守しながら、会社で行われる毎月一回の業務報告を兼ねての定例営業会議への出席時には、前もってメールで送っておいた「始業」、「終業」、「休憩」、「業務内容」を記載した在宅勤務表の押印した原本を持参することになっているという。
会議資料は、会社側から前もってメールで送られてくるので、なんらの支障はない。
また、月々の給与は減ったが、満足している、と明るい。
Eさんは、全従業員数 約2,000名の中、視覚障害者従業員数6名の一人として、現在顧客サポートセンター コンテンツ制作部に在職しているが、この会社に入社したのは、視覚障害者になり、国立所沢職業リハビリテーションセンター(以下、国リハ)を修了後再就職して以来10年だという。
10年の間に四度ほど社内異動を経験しているそうだが、最初の配属先だったOA推進部というところで、ロータスを使った手書き処理からコンピューター処理方式のシステムを完成させたという。
国リハで少しは基礎を習っていたが、プログラマーやシステムエンジニヤでもないので、システム関係については、入社後独学で本格的に勉強したという努力家だ。
現在の毎日の業務は、まず失明前の職業であった印刷関係の知識を活用し、主に支店の営業社員の情報源用に客先に行って話題になるようなネタを盛り込んだ「週刊メールマガジンの編集作成」であるという。
これは、建築関係の会社のため、建築・土木・不動産・住宅などのニュースが乗っている十何誌かの雑誌をメールやネットからチェックし必要な記事を抜き出し作成するものだそうだが、その日の夕方に送るため、午前中はこの作業に当たることにしているという。
次に、「月刊・顧客向けマガジン」の一部を作成(部数・10万部)する。
これは、会員の工務店が顧客向けに建築間径の話題プラス軽い小話を載せた会報誌であるが、こ会報用に、日々書き留めていたニュースやおもしろい話題を編集者の依頼により執筆するものであるという。
そして、社内の事務処理システムの開発・保守も行う。
これは、自らが作り上げたシステムのバージョンアップや保守、新規開発などの作業であるという。
以下は、在宅ワークに至るまでの経緯だ。
社内では、システム開発者という立場の人がEさんお一人だったという事情もあろうかとは思うが、会社側の理解度の高さに加え、Eさんが強調して積極的に業務に取り組む姿勢などが会社側の信頼を得て、すんなり在宅ワークが決まったろうことが言外に推測された。
Eさんの積極的な協調性を示唆する言葉として、以下の二つが印象に残っている。
週間メルマガの発行作業は、「主にネットからのニュース収集→蓄積→メルマガ編集・制作」と流れ、また、月間社外向け解放誌関係は、「ニュース収集→編集者へ送信→原稿依頼→原稿執筆」という流れであり、それに、Accessによるシステム開発(バージョンアップ、保守)は、「打合せ→システム設計→提案→調整→システム作成→テスト→導入→操作 指導→検収」という行程でかなりの労力を要する。
出勤簿管理方法は、当初、わざわざ家に専用のタイムレコーダーが会社から支給されたが、これはあまりに形式的なためすぐ廃止された。現在はエクセルの表で、「始業」、「終業」、「業務内容」などを記入した勤務時間管理表を記録し、報告している。
勤務時間は、原則として午前9時から午後6時までとなっているが、待遇は、年俸制度で成果主義であるので、残業しても超過勤務手当てはつかない。
年俸を16等分ぐらいにして、月々口座に振り込まれ、残額がボーナスというような形になっているという。
インタビューの最後に現在の処遇について伺ったところ、 メルマガの発行、システム管理などの業務が会社側から評価されていること、在宅ワークによる仕事の充実感などがあるのだろう、即座に「満足している」と、こちらも明るい。
最後に、お二人から伺った在宅ワーカーの心構えや注意事項を記しておく。
このように、自己管理能力と心構えさえしっかりしていれば、在宅ワークという業務スタイルは視覚障害者にとって向いていると言えるであろう。
(下堂薗 保)
インターネットでまとまった情報のやり取りが非常にスムーズに行えるようになった現在、視覚障害者の就労の可能性が在宅勤務という形で広がるのではないかと考えるのはきわめて自然である。
現に、今回聞き取り調査を行った中で2名が在宅勤務の方であるが、お二人ともインターネットを利用して会社と情報のやり取りをしながら業務を遂行している。
一方、雇用主側からすれば、在宅でもできる業務の場合には、通勤上の事故の可能性がなくなるという安心感もあるであろう。
ただ、一般的に考えれば、雇用主の側からは、本当に一人で仕事にしっかりと取り組んでくれているのだろうかなどという不安が付きまとうのも在宅勤務の特徴である。
そこで、ここでは、それらの問題点を浮彫にした上で、今後の視覚障害者の在宅勤務及び在宅ワークの可能性を探って見る。
雇用している従業員を在宅勤務させる上では、勤務時間の管理がまず問題となる。
通常勤務時間をとどこおりなく業務に当たってくれているのだろうかなどという点について、全て本人からの報告を信頼するしかない。
今回インタビューに応じていただいたお二方の場合には、業務の具体的な成果によって在宅ワークの内容が確認できる仕組みが確立していた。
つまり、業務を着実に遂行しなければ報告ができないような分量の仕事が与えられており、毎朝会社から具体的な業務指示がきているので、それに目を通さなければ成果品が上げられないような仕組みになっている。
このようにして、上司のチェックが的確に入る仕組みが構築されていた。
とはいうものの、やはり在宅勤務をさせることのできる従業員は、雇用主や直属の上司から見てよほど信頼できる人物でなくてはならないだろう。
ただ、この場合、目が見えないことによるハンディはほとんどない。
問題は会社側から信頼されるかどうかのみである。
結局、在宅勤務に関わる問題はきわめて一般的な問題であり、視覚障害者にとっての固有の課題はほとんどないと言える。
逆に言えば、一般の従業員を在宅勤務させる風土が根付かなくては、視覚障害者だけを在宅勤務させるという形にはなかなかならない。
雇用主が一般の従業員の在宅勤務に肯定的でない限り、視覚障害者にのみ肯定的になるということは考えにくいからだ。
(2) 成果主義の促進
上記のことを考えると、在宅勤務という勤務形態を促進するためには、成果主義を大きく導入した雇用形態が必要である。
雇用主にとっては、数値としてはっきりと現れる成果に対しての報酬の支払いならば全く問題ないからである。
元来、完全な成果主義ならばそれはもはや雇用ではなく請負業務である。
雇用という形態は、基本的には労働者の時間を拘束して、その時間を会社の指揮命令に従ってもらうというのが原則である。
業務を行っている姿を直接見ることのできない在宅勤務の場合には、この観点から「雇用という形態に適合するのか」という疑問が残る。
その意味で、視覚障害者を含めて在宅勤務という勤務スタイルを確立するためには、成果主義の賃金支払いを大幅に認める雇用制度の思い切った変更が必要であろう。
仕事を得ようとする視覚障害者の立場から言えば、雇用という形に固執せず、在宅ワークのできる請負業務を自らアピールして確保して行こうという積極的なアプローチが現状において望まれる。
それでは、雇用されて在宅勤務をする場合であれ、または請負で在宅ワークを行う場合であれ、いずれにしても自宅にいながらにして視覚障害者が遂行していける業務を考えてみよう。
自宅に必要なIT機器とソフトウェア及びインターネット環境を整え、電話で話ができる状体を確保できれば行える出あろう業務を以下に列挙して見る。
そのほかにも、まだまだいろいろな業務が考えられるであろう。
ただ、これらの業務は、もちろん会社に勤めている状体で仕事として与えられるのであれば、在宅勤務の従業員として行うことができるのだが、在宅ワークの醍醐味は、むしろ、就職していない状体でも、視覚障害者当事者の側からアプローチして請負業務として仕事をもらうことができる可能性である。
このように考えると、在宅での請負業務は、本人の意思さえしっかりとしていれば、IT記述を駆使できる視覚障害者にとってとても大きな可能性を切り開くものであろう。
(望月 優)