日盲社協通信 平成24年(2012年)4月号(通巻64号)

日盲社協通信 平成24年(2012年)4月号(通巻64号)
編集人:福山博   発行人:髙橋秀治
発行所:社会福祉法人 日本盲人社会福祉施設協議会(日盲社協)
National Council of the Agencies of the Welfare for the Blind (NCAWB)
http://www.ncawb.org/

もくじ

隣人へ気を配ろう
理事長 髙橋 秀治

核家族化が言われて久しいが、街の暮らしぶりが変わってきたようだ。町内やマンションで隣にどんな家族がいて、なんの仕事をしているかさっぱり分からない。個人の暮らしを大事にし、他人とは最小限の関わりに止めて自由にしたいということか。街の不動産屋も「こういう時代だから、近所にあまり気を使わなくても」とさらりと言ってのける。
そんな思いで私たち日盲社協を見るとどうだろう。私が現職に就いて1年近くになるが、部会同士の関係となると、いささか心細い。五つの部会の現状はどうだろうか。
点字出版部会は、制度の変更により価格差補償制度が地方に移管され、事務手続きの簡素化を含めかなり苦戦している。加えて利用者の点字離れが広がり、点字図書は売れ行きがかんばしくない状態だ。録音図書をどう組み込んでいくのか、課題となっている。
情報サービス部会は、何かと全視情協のあおりを受けて独自性が発揮しにくい。全視情協との役割分担はあっても、目立たず慎ましい。しかもこの二つの団体に加わる会員は、同じメンバーときているからややこしい。このかったるい状況からどう抜け出していくのか、こちらも模索が続く。
自立支援施設部会は、これまた寄り合い所帯。リハ施設、授産施設、盲導犬、盲人ホームなど、本来ならいずれも1部会として自立できる内容の濃い施設が横並びしている。それぞれに課題を持ち、行政に訴えていくわけだが、どうすればそのパワーをまとめられるか。横の連携について手探り状態が続く。
生活施設部会は盲老人ホームが主体。全盲老連の加盟施設のうち、日盲社協に参加して、存在感を増しているのは、本間昭雄元理事長時代からのこと。全盲老連とどう連携し、独自性を発揮していくか、両者の協力関係がはずせない。高齢化社会の中での盲老人の暮らしのカギを握っていると言えよう。
盲人用具部会はパソコン、白杖、共用品など暮らしをリードする施設や福祉貢献企業の集まり。展示会を開いて視覚障害者と接するだけでは、浸透が弱いのではないか。ビジネスの背景に、利用者の生活水準をどう高めていくのかという「哲学」が求められる。その視点で他部会を見れば接点が出てくるはず。時代の先端を行くだけに期待は大きい。
さて、各部会をまとめる本部体制はどうか。正直言って各部会と大差ない。切実なスローガンを掲げて行動すべきだが、まだそういう体制にはない。本部は各部会の奉仕者であるべきで、それが逆転してはまずいという認識で、活動していきたい。お互いに隣人を配慮しつつ、活動を盛り上げていきたいものだ。

盲人ホーム光明園を安定軌道に
社会福祉法人 山口県盲人福祉協会理事長 舛尾政美

社会福祉法人山口県盲人福祉協会は、昨年11月1日、就労継続支援事業として盲人ホーム光明園を開所しました。光明園は下関市の中央に位置し、向洋町の丘の上に鉄筋コンクリート3階建ての一際目立つ存在としてその姿を見せています。
一昨年8月、建設会社の寮を土地と合わせて約1億円で買い取って約8千万円をかけて改修しました。総床面積は約800㎡。1階は事務室を始め食堂や厨房、浴室そして治療室が4室など、2階3階はそれぞれ居室が10室、さらに隣接して約40㎡の会議室と70㎡余りの訓練室が続いています。
昨年7月、開所に向けて準備を始めました。まず山口県と話を始めることにしました。問題になったのは、就労継続事業として盲人ホームを経営している例が少ないということでした。県の障害者施策推進協議会で、視覚障害者の職業確保が大変困難になっていることを説明して協力を求めました。法人の理事をしている県議を通じて陳情もしました。そうしたことが功を奏して、県は8月下旬、私達の願いを認める決定をしました。しかし実際開所に当たっては定員20名を必ず守ることや、所長の兼任は同じ敷地内に限ることや、サービス提供責任者を必ず置くこと、そして建物については訓練室や多目的ホールなどを確保することなど細かな指示がありました。特に定員については強い指導があったものの最終的には定員は開所時は10名余りとし、開所後2年の間に20名を確保することで決着しました。県との話し合いの他に、地元の市や保健所とも話をし、それぞれの規定に反することがないか確認しました。地元業界の皆さんとも、私が直接会って話をしました。施術料は1回千円とし、局所治療を主に行うなど、業者との競合を避けるよう申し合わせをし、なんとか11月1日開所することが出来たのであります。
今、開所後5か月間を振り返って、大きな問題は登録者の欠席が多いことです。登録者は13名で、そのうち9名が通園者、常時園で生活している者は4名であり、園で常時生活する登録者を増やすことが必要と考えられます。園の事業は9時半から15時までとなっており、園で生活している者はグループホームや、それに準じた付帯事業の利用者となって、そうした事業を利用しながら、園の休日には法人が経営するデイセンターの事業を利用したり、法人が経営する同行援護事業を利用しながら自由で安全な生活を楽しんでいます。これまでの月平均100名をさらに上げるためには、保険治療を取り入れることや、市が行っているマッサージの補助事業などを取り入れることが必要と考え、準備を進めています。
利用者入所者の人間らしい尊厳ある存在の回復を目指すことを法人の基本理念とし、それに沿って関係者が福祉の増進に努めることを法人の目的としていますが、当面は光明園の事業を安定軌道に乗せるべく最善を尽くす事が必要と考えています。

(新常務理事)地方の声を中央に反映したい
常務理事 髙橋秀夫

このたび常務理事を命じられ少なからず緊張しております。ご支援を賜り、「地方の声を中央に反映させる」よう働く所存でございますので、ご支援賜りたくお願い申し上げます。
さて2012年度は、景気回復の見通しが未だに立たず、事業計画も縮小してスタートを切った施設も多いことと推察します。ところで加盟している日盲社協5部会を横断的に見ますと、髙橋秀治理事長以下、理事・評議員が一丸となって取り組まねばならない問題が山積しています。解決のためには各部会こぞって、利用者に何を提供すれば満足するのか? そのためには各部会はどのようなサービスを提供できるかを一緒に考えて共有すべきだといえます。
昨年、日盲社協は東日本大震災で被害を受けた施設に対し、いち早く義援金を集めて、支援活動を開始しました。各施設は過去の記憶のなかに忘れられていた「絆」という言葉のもとに、「お互いさま」という言葉のもとに、被災地の方々の痛みを自らの痛みととらえ、被災地の施設に義援金を贈呈しました。今後は被災地関連のニュースが消えかかるなかで、被災地と被災地以外の施設職員の意識の隔たりが拡がらぬよう継続的な支援が必要と考えます。その一つとして、視覚障害者のための防災マニュアルを確立し、施設が利用者に周知徹底する支援活動が急務です。
また、日盲社協全体で取り組んでいる事業として、(1)東京都の指定管理者による「東京都視覚障害者生活支援センター」、(2)法人直轄の「盲人ホーム杉光園」の二つの施設運営があります。
現在では岩上・舛尾常務理事がイノベーション(革新)に着手し、スピード感をもって取り組み、明確な目標に向かって職員の意識改革や資金投入等に対して手腕を発揮しています。遅まきながら責任を持って施設を運営するという面で参加各施設と同じ立ち位置についたと感じています。
皆様もご存じのように地方自治体の多くは、地方交付税が財源の大きな柱となっています。国の財源が厳しいからといって、地方との十分な議論もなく削減されてしまっては、計画的な地方行政運営ができなくなっています。そのしわ寄せが福祉にも容赦なく及んでいます。5部会の大会決議の実現に一歩でも歩み寄れるよう現実を訴えていきたいと考えます。
仕事の内容は違っても、利用者のニーズをつかみ、それに応えていく姿勢は共通です。どうかこれから、力を合わせて前進して行きましょう。
(視覚障害者生活情報センターぎふ館長)

(新所長)生活支援センターのこれからを考える
東京都視覚障害者生活支援センター所長 長岡雄一

春を迎え、センターは、東京都による3回目の指定管理がスタートしました。期間は3年間。この間にたくさんの課題を解決しなくてはならない重責を、このたび担うことになりました。
センターが常に直面している問題は、どの施設でも直面している問題と、そう差はないと思えます。逆に、「指定管理」という枠の中に入ることで、他の施設より恵まれた存在であることも否定できません。
ただ、「指定管理」であることは、ある程度の安定性がある一方で、実施する事業に大きな縛りがあることも事実です。現在の機能訓練と就労移行支援以外の事業を実施することは許されません。また、収益をあげることも同様に認められません。自立支援法の日中活動以外の何らかの事業を実施する力を、今のセンターは持っていますが、それは実施できないのです。
他の施設と共通の課題、利用率を高いところで維持すること。そして、サービスの質を向上させることを常に意識していなくてはなりません。この達成は常に喫緊の課題ですが、この両立は困難で頭の痛い問題です。現在、機能訓練の利用率が80%ほどですが、職員の仕事量は飽和状態で、このため利用者の第三者評価によるサービス評価が高く保たれているのです。
いかにサービスの提供方法を効率的にするのか、そしてかつ、質の向上を図るのか。これには今までに考えなかった相当の工夫が必要です。今までとは違う何かをしなくてはならないのなら、発想そのものも、今までとは全く違った出発点に立ってもいいはずです。従来の訓練という枠組みで縛られている頭を、何とか解放することからしか答えは得られないかも知れません。
また、24年度の業務計画には、「発信力の強化」を、あえてあげました。「発信力」を強くするには、その前提に我々の感性や「ソウゾウリョク(想像力と創造力)」を養う必要があります。そこにどう取り組むのか。前述したように、縛られている枠組みからの解放を少なからず必要とします。
これらに加えて、利用者像が従来想定していないほど激変しています。職員が想定できないようでは、サービスの提供にもいい面は出ません。対策として、23年度には、職員全員で、今の、そしてこれからの利用者像を探ろうとしました。
そこから見えてきた像を、いかにサービスに結び付けるのかは、実はこれからの課題です。この1年のうちには解決策を見出し、次の年からはそれを実践してみなくてはなりません。3年は決して長い時間ではありません。ただ、新しい利用者像の把握と、それに対応し得るサービスの展開を目標とするには、十分な時間とも言えます。
サービス、利用率、変化する利用者像。どれも一筋縄ではいかないテーマです。職員すべての力の結集が必要です。

(新園長)「盲人ホーム」への想い
杉光園園長 与那嶺岩夫

杉光園の管理運営の一翼を担って4ヶ月がたちました。
盲人ホームの存在を知ったのは「国リハあはきの会」の活動を始めた頃です。中途失明者中心のこの会は、あはき免許を取得後、臨床経験を積み、資質向上を図る場が無いのに早くから気づいていました。医師や看護婦も免許を取っただけでは使いものにならないという「社会常識」を知っていたので、こうした点に着眼して「卒後研修」の場を国に求めました。厚生労働省の職業能力開発局のある課長が、この要望への回答として、盲人ホーム制度の積極的活用を示唆しました。それを受けて私達は盲人ホームに強い関心を持ち、動き始めたのは20年も前のことです。
時あたかも、日盲社協盲人ホーム部会が全国36の施設を対象に実態調査したことを『点字毎日』が報じ、当時部会長をしておられた萩原善次郎先生に電話して、アンケート調査の資料を送ってもらいました。
印象的だったのは、その頃すでに盲人ホームが顕著な衰退を示していたことです。ただ少数とはいえ、昭和37年の厚生省社会局長通知による補助金交付を受け、きちんと活動している組織があったことに、一条の光明を見る思いでした。
どうすれば盲人ホームを「研修施設」として職業的自立の一助になる施設にできるかが当時の関心事で、大橋由昌氏など7~8人が膝を交えて話し合った結果、「盲人ホーム活性化懇話会」を組織し、関係方面に働きかけることにしました。当事者である盲人ホームの施設長も十数人参加して厚労省に対する要望書を提出しました。それは実地指導を効果的にするための人件費の増加など十数項目にわたっており、その後、厚労省の担当部局から盲人ホームの実態調査を公に実施するための予算が組まれ、私もこれに関わりました。
盲人ホームは「支援費制度」の際にはあまり重要な対象ではありませんでしたが、障害者自立支援法制定の動きの中では、ある程度注目されました。先の盲人ホーム活性化懇話会と厚労省との折衝の際に、場合によっては盲人ホームは今後廃止の憂き目に会うかも知れないと示唆され、メンバーの一人であった石倉満行さんが後輩の担当者に強く迫り、今日、盲人ホームが事なきを得ているのはご承知のとおりです。
ところで、国は盲人ホームを「旧支援法」の中で類型化する構想を各施設長に示しましたが、その目論見は功を奏していません。盲人ホームが身体障害者福祉法の法外施設であることもあるいはネックになっているのかも知れませんが、時代の流れとともに変容したからに他なりません。
20数年前に強い関心を持ち、行動してきた身として、今の立場に因縁めいたものを感じます。いささかなりとも、杉光園の充実発展に寄与したいと思う今日この頃です。

知りたい・知らせたい、サイトワールドで
盲人用具部会長 榑松武男

情報弱者と言われる視覚障害者が見て、触れて、納得できる展示会を開催しようと、視覚障害者団体や企業の有志で実行委員会が結成され、企業の出展をはじめ、講演会、フォーラムに、体験会、映画会などの時宜にかなった催しで、まさに世界初の視覚障害者向け総合イベントとしてサイトワールドは平成18年(2006年)に始まりました。
サイトワールドは、回を重ねるごとに出展者と来場者の双方向の交流が活発に行われるようになっています。これは、出展者は新製品やサービスを知らせたい、また、来場者は新製品やサービスを知りたいとの双方のニーズが合致したからです。来場者の希望や要望が、翌年のサイトワールドで製品やサービスに反映するという実例に加え、この双方向の交流は、心の交わりともなって、多くの絆を生み出し、毎年5千人 を超える来場者で賑わっています。
サイトワールドでは、IT機器の活用により就学・就労を広げる提言がされ、その機器をどなたでも体験でき、また、情報取得を補完する機器に最先端の技術が応用され、毎年の開催は、その進歩の軌跡を示すものとなりました。
有志による実行委員会で、これまで6回開催されましたが、視覚障害者の年中行事にしようとの思いが徐々に多くの方に広がった背景を受け、関係者の計らいで、今年から日本盲人福祉委員会(日盲委)に事務局を設置して、第7回となる「サイトワールド2012」を開催することになりました。名実ともに日盲委主催となったのです。
ユニバーサルデザインを推進する大手メーカーの出展も増え、出展者の業種は広範囲になっており、新製品の発表を11月1日から3日のサイトワールド開催に合わせる企業も増えました。
今年は、特別企画として、オリンピック、パラリンピック開催にちなみ、健康志向で、スポーツやレジャーの心と体が癒される企画を実施します。どうぞお楽しみに。

誌上慶祝会 田中正和さんに厚生労働大臣表彰
名古屋ライトハウス 名古屋盲人情報文化センター 点字出版部 小川真美子

昨年12月、京都ライトハウス情報製作センターの田中正和所長が、第61回障害者自立更生等厚生労働大臣表彰を受賞されました。この世界の大先輩である所長の背中を追い続ける弱輩者より、心からの御祝いを申し上げます。
「ショチョー、ホンマにおめでとうございます!」
田中所長は1972年に京都ライトハウスへ入職されました。以来40年間、2010年までは情報製作センター所長、現在は情報ステーション所長そして点字出版部会部会長として、点字出版・情報サービスの二大業界をまさに大股にかける広範囲なご活躍をされています。また、2000年に点字出版部会に設置された“点字サインJIS規格普及促進委員会”委員長として、点字サインに欠かすことのできない専門施設による監修を広める活動も現在に至ります。
これほどの重責、心労もさぞかし・・・と心配になりますが、ご自慢の釣果を魚拓に収める趣味の釣りに加え、ここ数年は可愛いお孫さん達がその疲れを癒されているようです。
受賞の感想をお聞きすると「こういうものなのか・・・」といかにも「らしい」返答が。柔らかな京都弁とともに発せられる言葉はいつもユニークで、周囲が和みます。職場では古参の職員から「社長!」と呼ばれています。ライトハウス創立後に事業移管された京都点字社の名称がしばらく使われた際に付いた呼び名だそうですが、どの「社長」という声にも、所長への愛情が込められているのを感じます。
そして、施設を越えて、若手職員から寄せられる人気や人望もそのお人柄を表しています。一筋縄ではいかない個性的な部下とも、正面から向き合ってくれます。ソフトな雰囲気から発する教育的「お叱り」は想像以上に効き目があります。以前に諭して頂いた「あなたを信頼しています、という態度で人に接すること」という所長のぶれない信念が根底にあるからでしょう。
サピエ図書館の開設と共に、視覚障害者が寄せる一層の期待を担う情報サービス部門ではありますが、「修理・工夫・発明」好きな所長らしい発想が利用者の心をくすぐるサービスにつながるはずです。若手の底力を牽引し続けて下さい。
「バラすなや~」という声が聞こえそうですが、真夏に快眠できる枕を考案中だとか、こちらも期待しています!

平成23年度 点字出版部会 職員研修会報告
日本点字図書館 甲賀佳子

昨年12月1日・2日の両日、京都市のザ・パレスサイドホテルを会場に、20施設・45名の参加を得て、平成23年度日盲社協点字出版部会職員研修会が開催された。その内容について、ご報告させていただきたい。
1日目前半は、「点字出版の技術の継承について」というテーマをもうけた。校正表のデータ化による技術の共有、触図の技術を生かしての出版の道、エイペットを使っての印刷など、様々な事例が披露された。その中で、触読校正者のピンディスプレイを活用した校正の可能性について、自動製版機や印刷機などのメンテナンスの問題等、質問は途切れることがなかった。いずれにしても、点字出版という仕事を、若い世代の人たちに魅力ある仕事として理解してもらえるような取り組みが必要であるとの提言があった。
続いて1日目後半は、京都府立盲学校の岸博実先生から「この本が読めたらとその匂い嗅ぎおり」と題して、京都ライトハウスの創設者鳥居篤治郎先生についてお話を伺った。鳥居先生の略年譜を簡単にたどった後、貴重な資料をフロアに回覧してくださりながら、1時間半の持ち時間を存分に使って、点字や盲教育に対するあふれんばかりの愛情を持ってご講演いただいた。
『点字世界』や『あけぼの』などの点字雑誌に残された歩みをたどる時、そこには「盲目宣言」にあるように、後輩たちのために1冊でも多くの本を作りたいという先人たちの思いが読み取れる。「盲人に対する最善なるものの唯一の審判者は、盲人でなければならない」という鳥居の言葉は、現在のわれわれにも必須の信念である。
2日目は、日本ライトハウス情報文化センターの久保田文氏による「テキストデイジーとは」というお話だった。専門的な内容をかみ砕いて分かりやすく解説した上で、進化したテキストデータの可能性についてご紹介いただいた。
今回、京都の地で、京都ライトハウスの創立についてのお話を伺ったことは、私にとって何よりの喜びであった。旅の思い出にと、岸先生が教えてくださった日赤の敷地内にある京都盲唖院跡地を訪ね、その記念碑につづられた文字に指先で触れてみた。私たちは歴史に学びつつ、新しい文化の創造を目指していかなければならないのだと決意を新たにした。

点字サイン基礎研修会を開催
日本ライトハウス 点字情報技術センター所長 福井哲也

2011年12月2日、点字出版部会職員研修会に引き続き、13時から17時まで「点字サイン基礎研修会―― JIS規格と監修業務を学ぶ」が、京都のザ・パレスサイドホテルで開かれた。
駅や公共施設等に設置される階段の手すりの点字表示、エレベータや券売機のボタンの点字表示、構内の触知案内図などを総称して点字サインと呼ぶ。社会のバリアフリーに対する意識の高まりと法律やガイドラインの整備により、街中で見られる点字サインは、この20年ほどの間に大幅に増えた。
ところが、実際には問題も多い。内容や表記に誤りがあったり、点字が上下逆さまだったり、しゃがみ込まなければさわれないような壁面の低い位置に付いていたり。駅の階段の手すりには「何番線」「どこ方面」といった情報を付けて欲しいのに、「上り階段」とか「踊り場」としか書かれていなかったり。中には、「女子トイレ」と「男子トイレ」の表示が入れ替わっていた(大阪の某病院)という例さえある。これは、点字や視覚障害者のことをまるで知らない業者が、多数この仕事に関わるようになったためと考えられる。
点字出版部会では、10年以上にわたりこの問題に取り組んできた。利用者アンケートに基づき、2002年に「点字表示等に関するガイドライン」を作成。それがベースとなり、2006年・2007年には点字サインに関する2つのJIS規格が発効された。だが、規格を作っただけでは、問題のある点字サインはいっこうに減らない。
そこで、点字のプロである私たちが点字サインの「監修」を業務として行えるようになることを目標に、この研修会が企画された。情報サービス部会・盲人用具部会の会員施設にも案内し、出版18施設、情報7施設、用具2施設から計50名が参加した。
内容は、JIS規格のポイント、監修業務の進め方、UVインクによるサインの製作方法など。JISには例えば、同じ手すりの表示でも、駅の階段ではそこを上った(下った)先の情報を優先し、福祉施設など建物内の階段では今いるフロアの情報を優先するとの規定がある。こういった知識もないと、監修はできない。
ところで、皆さんが外出先などで「これはまずい」と思う点字サインを見つけたら、どうされるだろうか。たいていは何もせず通り過ぎるのではないか。私は、皆がその施設の管理者に一言伝えることを実行していただきたいと願っている。メモ書きを渡せればなお効果的。視覚障害者福祉にたずさわる方々が、晴盲を問わず「放っておかない仲間達」になってくだされば、点字サインの改善につながると信じる。

東日本大震災による長期避難
福島県点字図書館長 中村雅彦

東日本大震災では死者が15,000人に達し、行方不明者も4,000人を越えた。福島県でも死者・行方不明者は2,300人を越えた。その大部分は、太平洋沿岸の市町村の海岸に近いところに住んでいた人たちだ。障害者も含まれている。本県では、身体障害者だけでも100人以上の犠牲者を出した。身体障害者の死亡率は障害のない人の1.3倍に当たる。視覚障害者も10人が亡くなった。
しかし、震災後に亡くなる身体障害者も多く、この半年間の数だけ見ても前年比の2倍を越える自治体がいくつかある。中には数倍を越えるところもあり、障害者の震災後の苦しい生活実態を数字で突きつけられた。
あれから一年が過ぎた。視覚障害者は今、どのような生活をしているのであろうか。そして、原発事故から避難してきた視覚障害者たちは長期避難を強いられ、これからどう生きようとしているのか、点字図書館との関わりをまとめた。
点字図書館では、点字図書館を運営している盲人協会と協力して、利用登録者を中心に、生活物資の支援や生活相談などを行ってきた。しかし、点字図書館の利用登録者は650人程度で本県の視覚障害者手帳所持者の1割にも満たないため、利用登録者にこだわらず、県内の視覚障害者全てを対象に支援することにした。
本県は、地震と津波と原発事故の三重の被害を被っている。現在の対象者は、この原発事故からの避難者が大部分である。原発事故は悲惨である。一時立ち入りは認められたものの、自宅から持ち出すことができた物はほとんどないのが現状である。そして、戻るあてもない現状 にある。立ち入りした視覚障害者は、柱が傾き、壁も崩れ、壊れた屋根から雨水が流れ込み、家の中はカビだらけで全壊状態に等しいと話していた。放射線量も高く、場所によっては年間許容量の50倍を超えるところもある。国や県では除染するとか、長期的には放射線量が減少すると聞かされても二度と故郷には戻れないと思っている人が大部分である。
仮設住宅に避難している視覚障害者の生活も悲惨である。仮設住宅は、市街地から離れた場所にあり、交通の便も悪く、周囲に店もないため、外出の機会は少なくなっている。ふらついたりぶつかったりすることも多くなったと聞いている。体を動かす機会がめっきり減ったからである。目の見える家族が一緒なら不安はないが、視覚障害者だけの夫婦は大変だ。現在支援している人たちの中にも、このような夫婦が4組いるが、周囲に支援者はいない。同じ町の仮設住宅でも、かつて近所で交流のあった人たちは誰も近くに住んではいない。一週間毎にヘルパーを予約して買い物や通院はできるが、突然の支援は困難である。
さらに、運動不足とともに心配なのは栄養状態だ。たまに外出する買い物では、レトルト食品やカップ麺、パン類が圧倒的に多い。市や町の保健師からは、野菜や魚や肉類をバランスよく摂るようにとパンフレットが届くが、それは難しい。視覚障害者が使いにくい調理器具もその要因の一つである。
盲人協会では、図書のサービスだけでなく、健康や栄養の問題についても相談を受けている。
明日への生きる希望を持てない人も多い。故郷に戻れない今、次の生活拠点をどこに求めればいいのか答えはない。市や町からも具体的な方向は示されていないが、将来に向けての思いはある。今、私たちができることは、避難している人たちの悩みや願いを聞いて共有してやり、明日への希望が見えてきたら、それを応援することだと思っている。
そのためには、絶えず連絡を取りながら顔を会わせ、結びついている糸が切れないようにすることが大切だと思っている。

<和歌山大会> ご来県をお待ち申しあげます
和歌山点字図書館長 堀全良

記念すべき第60回全国盲人福祉施設大会が、和歌山県において開催されることになりました。関係する全国203施設の皆様方のご来県をお待ち申し上げます。
和歌山県は、林野率が77%と高く、杉や檜の植林が多く「木の国」ともいわれています。紀伊山地を源とする河川に紀の川、有田川、日高川、熊野川などがあり、河川沿いに集落が開け、河口部の平野部に市街地が形成されています。
紀伊水道に面した沿岸部は温暖で、ミカンや梅などの果樹や花卉栽培が盛んです。
天敵は台風で、そのシーズンに台風銀座とならないように願っております。
内陸部には、世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」があり、霊場として、県南部に熊野三山の熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、県北部には弘法大師が開山し、山頂一帯が寺院で連なる高野山があり、とくに夏場は涼感漂うため大勢の観光客が訪れます。高野山へは町石道(ちょういしみち)といって一町ごとに石塔があり、地元では保全も兼ねた登山イベントを開催しております。また、参詣道として、熊野古道が有名になり、王子社が点在する中辺路(なかへち)は癒しの地として訪れる方が増えています。
大会開催地の和歌山市では、市の中心部にある和歌山城からの景観がおすすめです。また近年、首都圏でも人気の和歌山ラーメンも一度食べてください。店先の提灯に「中華そば」の文字が目印です。

日程
▶6月21日(木)
11:30~13:00 受付
13:00~13:15 開会式・オリエンテーション
13:30~16:30 研修会
16:40~18:10 事業部会(5部会)
18:30~20:30 交流会
▶6月22日(金)
09:00~10:30 講演
10:45~12:00 式典(表彰・来賓祝辞等)

障害者総合支援法とサービスの費用負担を考える ~5部会全体で福祉の未来にスクラムを組む~
常務理事・事務局長 岩上義則

今年、日盲社協の大会が60回を迎えることもあり、和歌山で熱いテーマで議論を巻き起こす。大会の目玉は21日13時半~16時半まで、3時間をかけて行う研修会『障害者総合支援法とサービスの費用負担を考える』。
内閣府に置かれた制度改革推進会議の障害者部会は自立支援法を廃止して総合福祉法を実現させたいとして、勢力的に議論を重ねてきたが、昨年8月にその骨格を提言した。しかし、厚労省は去る2月29日、障害者の期待を裏切るような内容に変更し、名称を「障害者総合支援法」に改めるとして政府に提出した。「総合福祉法」が「総合支援法」という風に、「福祉」から「支援」に一熟語置き替わるだけで内容が一変 するのだから恐ろしい。「福祉」には障害者の主体性や権利や平等が息づくが、「支援」には「おめぐみ」の要素が色濃く出てしまうのである。骨格の重点であるサービスの内容、障害程度区分の認定、支給決定などは施行後3年をかけて検討するとする、言わば懸案先送りの形で、去る3月13日に閣議決定されてしまった。障害者は「約束が違う」と怒り心頭。そして、不安と混乱を収拾できないまま今日に至っている。
大会では、障害者総合支援法はなぜ理想と願いを崩したのか、視覚障害者の今を見つめながら今後の運動をどのように修正するのかなどを研修する。また、法の改正にともなってサービスの費用が応益負担から応能負担に変更されるが、応能負担が本当に障害者にプラスなのかどうかも気にかかる。確かに応益負担は障害者のサービス利用を大きく阻害したが、応能負担にも問題があるのではないか。アハキの未来に光が見えず、年金も減額されるなどの悪条件の中で応能負担への移行は正しかったのか否かも確認したい。
一方、今回の法制度改正には見えないが、補助金削減に歯止めがかからない情報サービスにも危うさがある。点字図書の価格差補償や日常生活用具の支給に地域の足並みが乱れているし、情報サービスにも個人負担を求めなければやっていけない施設の厳しさが見え隠れする。国の施策の根本に財政削減の意図があるのは明らかなので、総合支援法の動向にからめて情報と利用負担についても5部会共通の課題としてテーマを設定した。
講演1.「障害者総合福祉法が実現しなかった事情と今後」
講師は、制度改革の最前線で奮闘する、弁護士で、日盲連新会長に就任した竹下義樹氏
講演2.「障害者サービスと利用負担」
電子図書館の構築と利用拡大にひた走る日点理事長の田中徹二氏
また、この講演を受けて二人の代表発言も予定しており、その後はフロアーからの活発なご意見をいただいて実のある研修にしたい。

点字技能検定試験を受けて実力アップを ~試験に関わる課題も考える~
日本点字技能師協会 込山光廣

日常生活は、とかくマンネリ化しがちなものです。同じ仕事に長年携わっていても同様の現象がみられます。しかし、人は良くしたもので「ケ」の中に「ハレ」を設けるなど、意識的に「節目」を作ることによってマンネリズムを克服してきました。
さて、点字使用者である視覚障害者や、点訳に携わっている皆さん、点字に漫然と向き合うことになってはいないでしょうか。わたしがそうでした。日本点字の基本的なルールである『日本点字表記法』すら読んだことがなかったのです。それが点字技能検定試験(以下、試験)を受験すると決めたことによって、目標ができ、点字のことを真剣に勉強するようになったのです。
そして、点字の歴史や規則を学ぶことでその奥深さを知り、視覚障害者福祉や生活状況を知り、改めて視覚障害者にとっての最大のバリアは「情報が十分得られないこと」なのだと気付きました。
試験は、学科も点字技能も、点字に関わるならば、最低限知っておいてほしい、基礎的なものが出題されます。わたしは9年間点字技能検定運営委員を勤めましたが、点字のベテランの方がなかなか合格できないという例がある反面、全く逆なこともありました。試験で求められているのは、点字の読み書き能力と基礎的な知識です。誤解を恐れずに言えば、点字技能師になること=点字使用者・点訳者として、一人前になることと言っても過言ではないでしょう。点字歴・点訳歴の長い方は、一つの節目として、試験を受けてみませんか。点字・点訳歴が数年の人も受験ができます。そして、それは必ずやキャリア・アップにつながることになるでしょう。
次に、試験に関する課題について簡単に述べてみます。主要な点は三つです。
1.受験者を増やすこと
点字に関わる者ならば、誰でも受けられることをPRし、受験への動機づけとなる学習会などを各地で実施してもらいたい。
2.試験会場を増やすこと
現在は東京と大阪の二つの会場で実施されているが、試験会場を増やして、受験者に物理的にアクセシブルな環境を整える必要がある。
3.点字技能の再検討
試験の点字技能は、点字化と校正とから成り立っている。そして、使用器具は点字器・点字タイプライターとなっている。だが、実際の点訳は、一般的にはパソコンで行われている。点字器で点字を書けるようになってほしいのは当然だが、パソコンでの点字を書く能力を無視することはできないだろう。点字化については、パソコンでの試験の導入も考えなければならない。
最後に、職員に試験を受ける環境を作っていただくことを各施設にお願いします。

NPO法人一周年に沸く全盲老連 ~“盲老人の幸せ”を願って~
特定非営利活動法人 全国盲老人福祉施設連絡協議会 理事長 本間昭雄

昭和43年4月5日にわずか3法人4施設という組織が誕生した。名称だけは全国と冠し、必ずや全国各地に盲老人の最後の砦として明るい豊かな施設が誕生することを信じていたからである。昭和49年までに25の施設が各地に誕生した。当時の厚生省も十分理解を示した訳では無いが、我々の組織の結束の固さと熱意と誠実な努力に対し、真摯な受け止め方をしてくれた。任意団体として40数年活動をしてきたが、行政側も対等に取り扱ってくれたことは、組織の結束の固さゆえだったといえよう。
平成22年6月に群馬県高崎市で開催された43回総会においてNPO法人化する事が承認され、同時に盲老人ホーム発祥の地、奈良県壷阪寺に事務局本部を移すことも併せて確認された。早速手続きに入り平成23年2月22日、内閣府から認可を受けることができ、新たな歩みを着実に進展させるため、さらなる充実した事業展開を実施することとなった。
未設置県が未だに6県あるが、山形県および滋賀県に平成26年度開設に向け準備が進められていることが確認され、さらに沖縄県でも模索中であるため、支えをすべく多くの人に盲老人福祉について理解を深めてもらうこととした。
その第一の事業として法人認可1周年にあたる本年2月26日、奈良県新公会堂において記念大会が開催された。この公会堂は20年前世界盲老人福祉大会が開催され、世界各国から関係者の出席を得て盛大に開催された思い出の公会堂である。当日は関係者200名、一般の出席者300名、合計500名が会場を埋め、大変盛会であったことは喜ばしい限りであった。記念講演に作家の五木寛之氏を迎え「悲しみの効用」という演題で1時間半、満場静寂のうちに聞き入った。そして、視覚障害者に縁の深い「壷坂霊験記」を異色の浪曲師春野恵子さんが熱演された。異色のと言ったのは、彼女が東大出で浪曲の魅力に魅せられ、すべてを捨ててこの道に入った人だからだ。
この記念大会で参加された方々に視覚障害者に対する理解を深めてもらうことができたと思うと共に、今後の課題として市区町村に実施機関が移ったための問題点を明らかにし、厚生労働省担当課と熱意を持って解決に努力したいと思う。それが盲老人を施設に受け入れ、最後の砦としての役割を果たすことになるからである。日盲社協とも連携を取りながら協力しあっていきたいものだと思っている。

ホームからの転落事故をどう防ぐか
東京都視覚障害者生活支援センター主任生活支援員(歩行訓練士)中村亮

毎日新聞の報道によると、1994年度以降駅のホームから転落して死亡あるいは重傷を負った視覚障害者は47人にものぼるそうです。先月の6日にも川越で視覚障害者がホームから転落して亡くなっています。
そこで、このような転落事故をどう防げばよいかを歩行訓練の指導者としての経験も踏まえて考えていきたいと思います。
もちろん歩行訓練を受けたことがない人にも可能な方法であることを前提とします。
まず、ホームから転落しない最も有効な方法を考えてみます。それは、ホームを「単独で」歩かないことです。ホームから転落する人は、何らかの理由で方向を見失ったり、勘違いをして転落していると考えられます(私が指導した人の中には、ホームを下り階段だと勘違いした人がいました)。これを防ぐには、駅員やその他一般の人に誘導をしてもらうことが最も有効であると言えます。
特に、駅にお願いすると、乗車駅では改札から乗車までを、降車駅では降車ホームから改札までをそれぞれ誘導してくれます。
しかし、この方法には大きなデメリットがあります。効率が非常に悪く、面倒であるという点です。乗車・降車駅間で連絡・調整が必要なので、場合によっては10分程度待つことになります。つまり、本来乗れていたであろう電車の1~2本あとの電車に乗ることになるのです。さらに、駅員にこちらからその都度お願いしなければなりませんし、人の手を煩わせたくないという思いが強ければ、利用しづらい方法でもあります。
だからといって、効率性を優先しすぎるとただでさえ危険なホームでは、安全性が低下するおそれがあります。それに加え、「急いでいた」「降りる駅を間違えた」「初めての駅だった」といった事情があると、平常心が保てずに、危険性は格段に上がってしまうこともあります。このように、物理的な要因に加え、心理的な要因によって危険を増すホームの移動は、慎重すぎるくらいがちょうどよいと考えられます。
以上を踏まえ、それでも単独で歩かなければならない方・より安全な方法を知りたいという方は、以下の点に注意して歩くことをお勧めします。①ホームで歩く距離はできるだけ短く、②スピードは普段の半分程度、③おかしいと感じたら動かずにすぐ声をかける。
これは、歩行訓練を受ける人にも繰り返し伝えることでもあります。また、白杖は脇の下に入るくらいの長さのものを利用し、前方に伸ばして(杖先が2歩程度前になります)歩くとより安全性は高くなると思います。
以上のように、できるだけホームは単独では歩かないこと(特によく知らない駅や初めての駅)、歩く場合は最小限にとどめてゆっくり歩くこと、周りの人の協力を仰ぐことが一般的に最も有効であると言えます。ホームドアが設置してある駅が少ない現状で「万が一」を起こさないためには、少し慎重すぎる程度が当たり前とする方が良いのではないかと思います。

<相次ぐ訃報> 輝いて生きた直居鐵先生、長尾榮一先生
東京ヘレン・ケラー協会点字出版所長 福山博

直居鐵先生を偲ぶ

2月29日午後3時、日本点字図書館(日点) の直居鐵理事が肺炎で逝去された。享年85。
通夜と葬儀は家族と近親者のみで行われ、5月12日(土)午後3時から日点主催による直居先生の「お別れの会」が同館3階多目的室で行われる。
頑固一徹だが、涙もろい一面も持つ直居鐵先生の謦咳に接して34年がたった。当時は都立文京盲学校の理療科教諭で、日本盲人福祉研究会(文月会)で大学進学対策委員長などを務められるかたわら、小協会発行の『点字ジャーナル』の常連執筆者、編集委員として協力していただいていた。
先生は大正15年大阪生まれ。幼少時から弱視で、小学校はわが国初の弱視学級「視力保存学級」を設置した麻布・六本木の東京市南山尋常小学校に通学された。
その後、官立東京盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)に進み師範部を卒業して、昭和23年に平塚盲学校に奉職。しかし、2年で退職して、早稲田大学教育学部教育学科に入学され、昭和27年3月に卒業。昭和28年4月文京盲学校に奉職され、当初は中学部で普通科を教えられたが、同校が小・中学部と高等部に分離する際に理療科に移られ、理療科教員として約30年勤務された。昭和57年3月に同校を退職され、日点副館長に就任された。
日点では常務理事も兼任する激務の中、日本点字委員会事務局長、全国点字図書館協議会(現・全国視覚障害者情報提供施設協会)会長、日盲社協図書館部会長(現・情報サービス部会)を歴任された。
平成3年3月に日点を退職されたが、理事は生涯続けられた。平成13年から平成20年までは、国際視覚障害者援護協会(IAVI)の理事長を務められた。
平成21年秋の叙勲では、旭日双光章の栄に浴されている。

長尾榮一先生を偲ぶ

直居先生の死に先立ち、2月14日には、元筑波大学教授である長尾榮一博士が、膵臓ガンで逝去された。享年81。お通夜にあたるカトリックの前夜祭が2月19日、告別式が2月21日、ともに東京カテドラル関口教会で行われた。
同氏は昭和6年東京生まれで、4歳の時に敗血症で失明。昭和12年官立東京盲学校に入学し、中等部を経て、昭和26年同師範部を卒業。卒業と同時に同校の理療科教師となる。教壇に立ちながらツボの存在についての研究を続け、昭和54年東京大学から医学博士号を受ける。全盲では日本初であった。
『鍼灸按摩史論考』などの著書が多数あり、東洋医学の発展に大きく寄与し、昭和62年には内閣総理大臣賞を受賞された。
両先生のご冥福をお祈りいたします。

<新会員施設紹介>公益社団法人 広島市視覚障害者 福祉協会点字製作部

昨年7月より点字出版部会に入会いたしました、公益社団法人広島市視覚障害者福祉協会と申します。
本会は、広島市内および近郊にお住いの視覚障害者と健常者により組織している団体です。
昭和24年(1949年)に協会を設立し、昭和56年(1981年)9\9月に社団法人となり、広島市の視覚障害者に関するさまざまな事業を行ってまいりました。
平成23年(2011年)4月からは公益社団法人に移行し、より公共性の高い事業を行っております。
現在は、点字出版業務以外にも、広島市から歩行訓練、視覚障害者情報センター運営、パソコンボランティアの養成・派遣、社会参加促進事業、点字カラオケ貸出しなどを受託しております。
また補装具・日常生活用具の取扱業者として商品を納品、使用方法の説明等を行っております。

印刷業務開始時期:平成元年から
■協会事務局(受け付け・打合せ等)
〒730-0052
広島市中区千田町一丁目9-43
広島市社会福祉センター3階
電話082-249-7177

■印刷作業所
〒732-0053
広島市東区若草町15-15
ヘルパーセンターさんぽ内
電話082-258-3270

作業従事者:9名(非常勤)
機材: 点字製版機・印刷機
点字名刺印刷機(平成24年4月~)
点字プリンタ
プラスチックリング製本機
これまでの主な点字印刷実績
会員向け発行物:(『視障協だより』、会員の広場『希望』、各種会議資料など)
受託発行物:広島市(『市民と市政』、『市議会だより』、『福祉のしおり』、『平和宣言』など)、北広島町(『選挙候補者名簿』)、NTT(『ハローインフォメーション』、『点字電話帳』)、など

<新会員施設紹介>
公益財団法人 日本補助犬協会 横浜訓練ハウス

〒222-0011
横浜市港北区菊名6-7-14
TEL:045-431-8674 FAX:045-432-3462
E-mail: kiem@gaea.ocn.ne.jp

公益財団法人日本補助犬協会は、補助犬(盲導犬・介助犬・聴導犬)を総合的に育成する団体として、身体障害者補助犬法の施行を機に平成14年に設立されました。
本年10月には、横浜市に新しい訓練施設がオープンします。
補助犬育成と使用に関わるサービス全体の質を向上させ、それを損なうことなく育成頭数を増やす事を理念とし、「よりよい生活」のため、補助犬との生活を選択・希望する障害者の方へ、補助犬を無償貸与しています。
また、動物を介在した情操教育活動や、補助犬育成を通じた若者自立支援活動、犬救済活動など、人と人、人と犬の共生社会を目指して活動しています。
身体障害者補助犬法施行、協会設立から10年の節目を迎えました。補助犬法では、訓練事業者には良質な補助犬の育成と指導、使用者には補助犬の健康と行動の管理、その上で、交通機関や不特定多数の方が利用する施設での受け入れが義務化されました。
しかし、補助犬法の社会での周知が進んでおらず、住居・就労・日常生活において、補助犬を持つことによって、社会参加を制限される状況が続いています。
介助犬・聴導犬は、全国に6か所しかない認定法人で行われる試験に合格しなければ補助犬として認められませんが、その試験を受けに行くために、電車やバス等の公共交通機関を利用する事ができません。試験に合格した正式な補助犬ではないからです。
障害者基本法の改正が行われ、今後、その他の法律改正も進んでいく流れに歩調を合わせ、補助犬使用者の方々の社会参加の機会が、相手の好意によって認められてきた段階から「保障する」段階へ、一歩、活動を進めて行きたいと思います。
それと同時に、補助犬に対する、「スーパードッグ」のような一面的イメージではなく、補助犬の多面的な情報発信を行い、補助犬だけにスポットが当たるのではなく、また、補助犬使用者の方々が社会からの必要のないプレッシャーを感じることなく補助犬との生活を送れるよう、補助犬使用者の方々と社会の接点の一つとして活動を行っていきます。

平成23年度 JKA競輪補助事業完了のお知らせ

このたび財団法人JKA様から、平成23年度競輪補助金の交付を受けて、下記の事業を完了致しました。
ここに事業完了のご報告を申し上げますと共に、財団法人JKA様をはじめ、ご協力を賜りました関係者の皆様に謹んで感謝の意を表します。
本事業が、当協議会の施設長及び各施設職員の専門技術向上に多大な成果が得られたことを、重ねて申し添えさせていただきます。

補助事業名:平成23年度障害を持つ人が幸せに暮らせる社会を作る活動補助事業
補助事業者:社会福祉法人日本盲人社会福祉施設協議会 理事長 髙橋秀治

事業内容:
(Ⅰ)施設長及び専門職員講習会の開催
A.情報機器等支援者講習会(情報サービス部会)
日時:平成23年8月3日(水)~5日(金) 場所:じゅうろくプラザ(岐阜県岐阜市)
B.職員研修会(自立支援施設部会)
日時:平成23年11月10日(木)~11日(金) 場所:名鉄ニューグランドホテル(愛知県名古屋市)
C.施設長ならびに職員研修会(生活施設部会)
事業内容日時:平成23年11月10日(木)~11日(金) 場所:聖明ホール、フォレスト・イン昭和館(東京都青梅市)
(Ⅱ)点字・音訳指導員講習会の開催
A.点字指導員講習会
日時:平成23年8月24日(水)~26日(金) 場所:戸山サンライズ(東京都新宿区)
B.音訳指導者講習会
日時:平成23年11月16日(水)~18日(金) 場所:戸山サンライズ(東京都新宿区)

事業費:総額2,181,130円
補助金額:1,635,347円

日盲社協事務局だより

退会会員施設

①JBS日本福祉放送が平成24年3月31日付で、盲人用具部会より退会しました。なお、情報サービス部会の方は会員として継続します。
②養護盲老人ホーム福寿園が平成24年3月31日付で生活施設部会より退会しました。

名称変更・住所変更等

①情報サービス部会の「堺市立点字図書館」は平成24年4月3日付で「堺市立健康福祉プラザ視覚・聴覚障害者センター」に名称を変更し、住所等も下記のように変更になりました。

〒590-0808
大阪府堺市堺区旭ヶ丘中町4丁-3-1
堺市立健康福祉プラザ2階
TEL:072-275-5024(代)
FAX:072-243-2222
また、施設長も吉田稔氏から岩井和彦氏に代わりました。

②情報サービス部会所属の熊本県点字図書館は、平成24年4月1日付で熊本市の政令指定都市移行に伴い、住所表示が下記のように変更になりました。
〒861-8039
熊本市東区長嶺南2-3-2
熊本県点字図書館

③点字出版部会の「柿本点字出版所」は、平成24年3月1日付で、「NPO法人自立支援ステーションぽかぽかワークスペースこすもす」(施設長・柿本一志氏)に名称を変更し、住所等も下記のように変更になりました。略称は「ワークスペースこすもす」です。
〒639-1160
奈良県大和郡山市北郡山町87-3
TEL:0743-84-4321
FAX:0743-84-4646

◆ 日本防炎協会より寄贈品の恵与◆

この度、防炎行政の推進と社会安全向上のために多大なご活動をされている財団法人日本防炎協会より、日盲社協傘下の自立支援施設部会ならびに生活施設部会所属の各施設に、「防炎エプロン・防炎アームカバーセット」のご寄贈がありました。
あたかも、甚大な被害と不安そして計り知れない恐怖に見舞われた東日本大震災により、視覚障害者も防災対策に関して自ら取り組みを始めたところで、時宜を得た有益なグッズとなりました。
日本防炎協会では、今後も防炎製品について寄贈の意思があるのでご希望の品があればあらかじめ知らせてほしいとの事です。必ずしもご要望に沿えないかもしれませんが、遠慮なく事務局までお知らせください。

事務局からのお願い

日盲社協事務局では、充実したホームページにするため、こまめな更新に努めております。ホームページには、全会員施設の法人名、施設名、施設長名、住所・連絡先・E-mailアドレス、ホームページを持つ施設にはそのリンクをお願いしております。
ところが、会員施設でこれらの項目が変更になっても日盲社協事務局にご連絡がなく、結果的に古いまま掲載されている場合が散見されます。とくに施設長名の変更は忘れがちです。
変更がありましたら事務局までご一報くださいますよう、ご協力をお願い致します。

編集後記

お詫びと訂正

前号の『日盲社協通信』平成23年(2011年)11月号(通巻63号)、活字版8ページ左側下から3行目(点字版30ページ、14行目)の記事で、全国盲人福祉施設大会研修会の「テーマ2」のプレクストークリンクポケットの説明中、「点字・録音図書をパソコンを使わないで、アクセシブルに検索・ダウンロードして読書できる優れものです」と記載しましたが、点字図書は、デイジー・オンラインでは利用できませんので、「録音図書をパソコンを使わないで、アクセシブルに検索・ダウンロードして読書できる優れものです」に訂正して、お詫び致します。
また、ご指摘をいただきました読者から、この一文の「アクセシブル」とはどういう意味か? というご質問もいただきました。
「アクセシブルに」は、「アクセスしやすい」という意味で使っていますが、端折りすぎで、「今ひとつつかみにく」かったようです。無線LANが内蔵されているので、無線LANの環境下では、いつでも、どこでも「アクセスしやすい」というようなことをいいたかったのでした。
また、他の読者から「『日盲社協通信』の音声版も作って欲しい」との要望がありました。点字離れが叫ばれている昨今、点字出版部会の意向を忖度して、『日盲社協通信』くらいは点字にこだわっていいのではないかと考え、独断で「音声版発行の予定はありません」と、ご理解を求めました。
以上、ご意見・ご指摘ありがとうございました。
次号は平成24(2012)年11月を目処に発行する予定です。(福山博)

情報提供のお願い

本誌に対する情報提供・要望・苦情・意見・感想は、日盲社協広報委員長の福山博(fukuyama@thka.jp)宛、メールでどしどしお送りください。お待ちしております。

『日盲社協通信』WEB版リリース

『日盲社協通信』が、平成23年(2011年)11月号(通巻63号)から、日盲社協のホームページにアクセスして、全文を読むことができるようになりました。こちらもご高覧ください。

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  2. 日盲社協通信 令和4年(2022年)7月号(通巻84号)

  3. 日盲社協通信 平成28年(2016年)4月号(通巻72号)

  4. 日盲社協通信 平成24年(2012年)11月号(通巻65号)

  5. 日盲社協通信 平成28年(2016年)11月号(通巻73号)

  6. 日盲社協通信 令和3年(2021年)12月号(通巻83号)