特定非営利活動法人 全国盲老人福祉施設連絡協議会 理事長 本間昭雄

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昭和43年4月5日にわずか3法人4施設という組織が誕生した。名称だけは全国と冠し、必ずや全国各地に盲老人の最後の砦として明るい豊かな施設が誕生することを信じていたからである。昭和49年までに25の施設が各地に誕生した。当時の厚生省も十分理解を示した訳では無いが、我々の組織の結束の固さと熱意と誠実な努力に対し、真摯な受け止め方をしてくれた。任意団体として40数年活動をしてきたが、行政側も対等に取り扱ってくれたことは、組織の結束の固さゆえだったといえよう。

平成22年6月に群馬県高崎市で開催された43回総会においてNPO法人化する事が承認され、同時に盲老人ホーム発祥の地、奈良県壷阪寺に事務局本部を移すことも併せて確認された。早速手続きに入り平成23年2月22日、内閣府から認可を受けることができ、新たな歩みを着実に進展させるため、さらなる充実した事業展開を実施することとなった。

未設置県が未だに6県あるが、山形県および滋賀県に平成26年度開設に向け準備が進められていることが確認され、さらに沖縄県でも模索中であるため、支えをすべく多くの人に盲老人福祉について理解を深めてもらうこととした。

その第一の事業として法人認可1周年にあたる本年2月26日、奈良県新公会堂において記念大会が開催された。この公会堂は20年前世界盲老人福祉大会が開催され、世界各国から関係者の出席を得て盛大に開催された思い出の公会堂である。当日は関係者200名、一般の出席者300名、合計500名が会場を埋め、大変盛会であったことは喜ばしい限りであった。記念講演に作家の五木寛之氏を迎え「悲しみの効用」という演題で1時間半、満場静寂のうちに聞き入った。そして、視覚障害者に縁の深い「壷坂霊験記」を異色の浪曲師春野恵子さんが熱演された。異色のと言ったのは、彼女が東大出で浪曲の魅力に魅せられ、すべてを捨ててこの道に入った人だからだ。

この記念大会で参加された方々に視覚障害者に対する理解を深めてもらうことができたと思うと共に、今後の課題として市区町村に実施機関が移ったための問題点を明らかにし、厚生労働省担当課と熱意を持って解決に努力したいと思う。それが盲老人を施設に受け入れ、最後の砦としての役割を果たすことになるからである。日盲社協とも連携を取りながら協力しあっていきたいものだと思っている。


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