この章では、視覚障害者が職場においてどのような場面でITを利用しているか、また、ITでは解決できない課題に対してはどのように対処しているかそして対処すべきかについて報告する。
コミュニケーションは通常、友人、職場の同僚、上司や社会など、様々な人間関係の間において、さまざまな対話が対話する人の固有の会話術により交わされるのが実態と言えよう。
本来、コミュニケーションは、対話者の「心と心」が通い合った言葉の交換がなされたとき、最高の効果を上げ得られるものだといわれる。
その手段として通常、「アイコンタクト」、「口頭」、「文書」が存するが、残念ながらアイコンタクトについては視覚障害者はお手上げ状態だ。
この手段を利用できないため、視覚障害者はコミュニケーションが下手だと言われることもよく聞くことである。
このような状況から、 視覚障害者のコミュニケーションノ手段は、口頭と文書に頼ることになるが、口頭の場合、状況が把握できさえすれば問題点はない。
文書の場合、これまでは点字または拡大文字による手段しかなく健常者との間において共通性に欠けるところがあったがIT機器の発達によって対健常者間に共通のフィールドが構築され状況が一変した。
ここでは、視覚障害者のコミュニケーション手段として大変化を見せているIT機器の活用状況について、就労現場における実態をアンケートやインタビューから分析する。
今回の調査は、当事者については、在宅ワーカーと会社に毎日出勤するワーカー(以下、在社ワーカー)の就労形態に分けて実施したことに伴ない、この就労形態にそってIT機器がコミュニケーションにどのように利用されているかについて分析を試みた。
その結果、かねてより予想されていたことではあったが、在宅ワーカーも在社ワーカーのいずれも、パソコンを中心にして、スクリーンリーダー、ホームページ閲覧ソフト、電子メールソフト、録音機、拡大読初機、スキャナーおよび、点字ディスプレイや電話などを複合的に利用していることが明らかになった。
読み書きが不自由な視覚障害者にとって職場の上司や同僚とのコミュニケーションをいかに円滑に行う課は、業務遂行上もっとも重要と言える。
IT機器が、このコミュニケーション手段として日常業務の遂行、あるいは会議資料の作成などにどのように利用されているかの結果は以下のとおりである。
1. 在宅ワーカーのケース
在宅ワークは会社から離れたところで一人で業務を遂行しているため、会社からの業務指示、会社への報告、日程調整などさまざまな打ち合わせ、ならびに会議資料等々、すべてにわたり電子メールによりやり取りする特殊環境にあることから、コミュニケーション手段として、IT機器は必需品だという。
ただ、ちょっとしたことについては、会社内であれば隣の席にいる同僚に声をかけ、たやすく勘違いなど手軽に確かめあえるが、働く場所を異にするこの場合、電話の存在も欠かせないコミュニケーション手段になっているという。
2. 在社ワーカーのケース
在社ワークは、多人数の中で業務を遂行してゆくため、情報交換手段が多様化する傾向にあるのが特徴である。
まず、日常業務の遂行については、「口頭」が53件ともっとも多く、「電子メール」の利用が20件を越え、これに続いている。
口頭による手段が多いのは、グループワークという事情から複雑性が伴うため手軽な口頭になりやすいことは理解できるが、文書に仕上げるような場合とか、間違い防止とか、能率化などの観点から電子メールなどが望まれるところではなかろうか。
次に、内容を伴う文書のやり取りについては、
「電子メール」が27件、「口頭」が23件、「印刷文書」が22件と続き、その他、「フロッピー」が9件、「点字文書」が9件、「拡大文字による文書」が5件となっており、「印刷文書」が電子メール化されるようになれば、一層消化されやすいようになるのではなかろうかと思われる。
「印刷文書」が35件、「電子メール」が29件となっており、この2つの手段が圧倒的に多い。
このことからも判るように、IT機器の発達は、視覚障害者の文書作成を助長し、これまで不可能とされていた事務職などの就労を可能にし、さらにこれを拡げているとも言えるのではなかろうか。
最後に、会議資料についての回答は、
「印刷文書」が40件、「電子メール」が19件、「点字文書」が14件、「口頭」が8件、「拡大文書」が5件、「フロッピー」が5件となっている。
この結果から判るとおり、印刷文書が未だに多い。
これに関しては、会議の内容を把握する観点などから一日も早く電子メールなどに切り替えられ、事前配布されることが望まれるところだろう。
この点について、 さらに細かくアンケートをみると、「点字文書」と回答した14件のうちの13件及び「拡大文書」と回答した5件のうちの3件が施設勤務者からの回答である。
つまり、企業勤務者の30件の回答の中には、点字文書は1件、拡大文書は2件しかなく、「その方法はあなたにとって適切ですか」という質問に対して、企業勤務者30名のうちの14名が「いいえ」と答えていることから、会議開催にあたっては十分な配慮が望まれることが裏づけられていると言えよう。
「印刷文書」が40件、「電子メール」が15件、「口頭」が12件、「点字文書」が8件、「フロッピー」が8件、「社内掲示板」が3件、「拡大文書」が1件となっている。
この場合、「口頭」というのはどの程度の会議に関する資料なのかよく判らないが、やはり会議でテーマに上げる内容であるなら、口頭による伝達という手段は好ましいとは考えられない。
IT技術の習得は、就職するためであったり、業務の能率を上げるためであったり、情報の入手・発信であったり目指すところはさまざまであろうが、結果的にその技術がコミュニケーションの手段として、表裏一体に作用し、「心と心」がかよったコミュニケーションに利用されることになっていると言えよう。
更生施設などによるITに関する訓練は、
「文書作成」:25件、「インターネット」:11件「表計算」:6件、「プログラミング」:4件、「Windows」:2件、「UNIX」:1件。
という結果から文書作成が圧倒的に多く、インターネット利用が続いていることがアンケートの結果からも分るとおり、コミュニケーションに重点がおかれていることが理解できる。
因みに、IT設備への満足度について尋ねたところ、「大変満足」と「まあまあ満足」をあわせて51件となっており、有効回答数85件の60パーセントに達していることは、基本的に満足している方が多いと言えるものだろう。
しかしながら、残りの者は良好なコミュニケーションをつくれないのか、気がかりになるところだ。
この背景にはいろいろあろうかと思われるが、もし、一因がIT機器の利用法にもあるとしたら、万人が容易に使いこなせ得るバリアのない機器の早急な開発が望まれる。
(下堂薗 保)
ここでは視覚障害者がIT機器を利用することでどのような業務を確実にこなしていけるか考察してみることにしよう。
一般的に事務的な業務をこなす上ではIT機器の必要性は必須である。
それは視覚障害者が業務を遂行するためにはなくてはならない。
IT機器を使いこなせなければ事務的業務を遂行することはまず不可能である。
これらの観点から考えて、視覚障害者がIT機器を有効に活用して行える業務にはどのようなものがあるのだろうか。
具体的な例として、いくつかの業務について考察して見よう。
所属部署における様々な企画立案を行いエクセルやワードのような各種ワープロ、表計算ソフトを利用して、上司もしくは同僚に提出出来るフォームで作成する。
報告書も同様で、あらかじめ決まったフォーマット(ただし、スクリーンリーダー対応可能なソフトウェアで開けるファイル)もしくはワープロ、表計算ソフトなどを使用して自力で作成する。
スクリーンリーダーを利用してインターネットを閲覧し、業務に必要とされる情報をピックアップする。
例えば、業務でお客様向けの製品情報あれこれといったちょっとした情報誌を作成するとしよう。
まず、インターネットで、作成する情報誌のネタ収集を行う。さらに、関連情報もピックアップし、ファイルに落として編集する。
インターネットで拾ってきた情報を必要に応じて編集し、他の資料と合わせて、情報誌を作成する。
メールマガジンや、社内報の記事などは上と同様の方法で作成することが出来る。
ホームページのコンテンツ作成業務に関して言えばIT機器やソフトウェアの利用スキルが高い視覚障害者ならば、内容としてのコンテンツを作成するだけではなくホームページ自体の作成も自力で行い、そのサイトの運営、管理も業務として成り立つと考えられる。
人事、総務などでは、各種データ管理業務が必須である。
例えば、人事に席がある場合、新規の社員をインターネットで募集し、集まった応募データを管理し、一人一人とメールもしくは電話を利用して採用に向けてのコンタクトを取る。
総務であれば、社内の備品、在庫などのデータ管理、各種顧客名簿データ管理、社内出版物データ管理といった様々なデータ管理が考えられる。
いずれの業務でもスクリーンリーダー対応のIT機器を利用するのは必須で、データ管理業務ではスクリーンリーダー対応のデータベース管理ソフトの利用が不可欠である。
さらに、データ管理には使用する表計算ソフトやデータベースソフトの習熟が必要であるが、訓練によって十分に業務に耐えられるレベルまで高めることが可能である。
以上のように、IT機器の利用を工夫することで視覚障害者が様々な業務にたずさわることが可能となる。
ここで、ある部署で視覚障害者がIT機器を利用することで業務を円滑に行える具体的な例を一つ紹介しよう。
視覚障害者向けのIT講習会の実施を例にとって説明しよう。
具体的な作業は、以下のような流れとなる。
以上、ざっとIT講習会実施業務の流れを列挙してみた。
この中で基剤の搬入と搬出に関しては同僚との協同作業になるが、その他の作業は全て本人一人だけでもこなすことができる。
さらに、視覚障害者向けの講習会企画のため、公衆本番の講師役は視覚障害者本人が最適役となる。
本項のまとめとして、視覚障害者が業務をこなしていく上で必要なITスキルを整理して見る。
1. 電子メールは必須
印刷された文書の処理が困難な視覚障害者にとっては、電子メールが使えることは最低条件である。
現に、事業所に対するアンケートの有効回答数26件のうち、日常の情報交換手段として電子メールを上げている回答が21件もあった。
職場側にとっても、視覚障害従業員との情報交換手段として電子メールがいかに大切であるかがよくわかる。
2. 自分のための記録手段
目の見える従業員でも、自分自身のメモが整理されていて、業務内容や日程などの自己管理がしっかりとできている人ほど仕事がよくできる。
これは、視覚障害者に対しても同じことが言える。
ただ、視覚障害者の場合には、目が見えないあるいは見えにくいために、目の見える人達とは別のやり方で自分自身のための記録を取り、自己管理している。
例えば、パソコンが身についている視覚障害者の場合には、エディタソフトで自分用のメモを取り、管理しているケースが比較的多い。
記録の分量が膨大になっても、検索機能をうまく利用することにより、必要な情報を簡単に見つけ出すことができるからだ。
点字に慣れ親しんでいる人の場合には、点字電子手帳は非常に強い見方となる。
視覚障害者に対するアンケートでも、点字メモ機を使用しているという回答が7件あった。
点字があまり得意でない全盲者の場合には、録音によりメモを取ることもある。
最近はデジタル録音方式の録音機が登場し、録音であっても検索ができるようになってきているので、これも十分に有効な方法の一つである。
いずれにしても、周りからはあまりよくわからない場面で視覚障害者はITスキルを用いて自分用のメモを取り、情報を管理していることは見逃せない。
そして、その自己記録の管理の出来具合が、その視覚障害者の業務効率に大きな影響をもたらしているのである。
3. 業務用のスキル
これに関しては、本項の(1)〜(4)においてかなり具体的に紹介している。
ワードやエクセルのスキルは、視覚障害者の業務としてこなせる範囲を広げる。
データベースの管理やデータ集計の仕事に携わる視覚障害者の場合には、当然、その職場で用いているデータベース・ソフトが使える必要があるのだが、これに関しては、スクリーンリーダーとの相性及び本人のパソコンに対する高いスキルが必要となる。
経理に携わる場合も同様だ。
いずれにしても、これ以降は、一般的なITスキルというよりも、それぞれの業務内容に合致した専門的なITスキルが必要となる。
専門的なITスキルに関しては、本人の力量もさることながら、現状での視覚障害者向けのIT環境がその業務スキルをこなしうるレベルにあるのかどうかという視点からの検討も非常に重要な要素となる。
(堤 由紀子、望月 優)
本項では、プログラミングやシステム管理などの職種について考察する。
コンピュータのプログラミング言語は英語であり、正確な英文タイピングを身につければ入力は可能であり、わが国でも視覚障害者のプログラマー養成が行なわれてきた。
コンピュータ技術の進歩によって、コンピュータの入出力を合成音声や点字で確認できるようになり、一段と作業は能率的に遂行できるようになっている。
ただ、「グラフィカル・ユーザーインターフェース」(GUI)とよばれる、アイコンに代表される画面上のオブジェクトをマウス等のポインティングデバイスで操作するユーザーインターフェースが一般的になったことにより、プログラマーが開発しなければならないソフトもGUIを用いることが求められ、さらに、プログラムを開発するための開発言語(ソフト)自体が、GUIを採用しており、これらの点から、プログラミングにあたり、視覚的な処理の比重が大きくなり、視覚障害者のハンディキャップが大きくなったことは否めない。
しかし、第1章の変遷で述べた「スクリーンリーダー」の開発と進歩は、「スクリーンリーダー」が業務遂行の必須アイテムとなったと同時に、プログラマーに従事する視覚障害者自身が、その努力により、ハンディキャップを克服してその業務を継続していることもアンケートの回答や本聞き取り調査が証明している。
コンピュータ技術の進展により、特にウィンドーズによるプログラミングのノウハウが個人に帰属し、視覚障害者の習得が難しい状況を生み出してきていることを指摘する声もある。
晴眼者の利便性向上のため開発された技術を、視覚障害者の利便にも供する技術への変換や応用の努力が繰返されて、今日のコンピュータ技術がある。このコンピュータの利用で、視覚障害者の普通文字の読み書き能力は大きく向上した。
ワープロソフトを使えば文書作成には問題がない。
また電子化された文書やデータは容易に点字や音声に変換可能だ。
印刷文書もスキャナで電子化でき、点字や音声で読むことができる。
システム管理や、電話による情報収集、情報提供、相談サービス、あるいは電話による販売業務など従事するために、その業務の基礎となるデータベースの作成や検索も、コンピュータの利用によって容易になっている。
このような状況の中で、GUIの登場により多少不利になったとは言え、現在もシステム管理やプログラム開発に携わっている視覚障害者の実例をいくつか紹介することにより、この主の業務がそれ相応の教育を受け、知識を持った視覚障害者にとっては適職であることを示そう。
聞き取り調査に応じて頂いたAさんは、商品小売を行とする本社従業員250名のグループ企業の本社情報管理部情報システム課長であり、現在は全盲で全く見えない。
ここでは、グループ企業全体の電算管理システムの開発・運用・管理を行っており、毎日刻々と変化していく商品の販売データベースと経理データベースをいってに管理している。
Aさんは入社23年のベテランエンジニアで、現在動いているシステムはAさん自身が会社に提案して採用され、自ら設計とプログラミングを行って構築したもの。その運用と管理、そして保守を現在行っており、この課の責任者である。
社内でのITの利用状況は、以下の通りである。
一連のホームページの集まりを「ウェブサイト」と呼ぶ。
インターネットの急速な普及により、公共機関や企業など、より多くの人達に情報を伝える必要のある組織はどこでも、ウェブサイトを構築するようになった。
ウェブサイトには視覚障害者もスクリーンリーダーや専用の閲覧ソフトなどを駆使してアクセスしてくるのだが、そこでの情報提示方法に配慮がないと、視覚障害者にとっては大変理解しづらいサイトとなる。
これについて助言するのがBさんの仕事である。
Bさんが勤めるA社は、ウェブサイトを中心としたコンサルティングや調査を行っているシンクタンクで、Bさんは最近とある大学の数学科の修士課程を修了して採用されたばかりの若手だ。
Bさんは強度の弱視で、スクリーンリーダーを利用した音声化環境と画面を拡大して見る環境とを併用している。
ようするに、ウェブアクセシビリティの対象当事者としてこれほどマッチした人はいない。
さらに技術的素養を持っており、専門的に突っ込んだレベルでのアドバイスにも十分対応できる人材だ。
ここまでの情報だけでも、BさんがA社の業務の一翼を担う上でいかに適任者であるかということが創造できるであろう。
現に、聞き取り調査に応じて頂いたA社の社長は、「ウェブのバリアフリー化という観点から適任という判断をして、Bさんを採用した」と言う。
さらに、それに加えて、Bさんの将来について「アクセシビリティ関係のみならず、ITに関する全般的なコンサルティングができるようになって欲しい」とも語っている。
このような社長のBさんに対する更なる期待は、現在のBさんの業務が満足のいくレベルに達していることを如実に語っている。
Cさんは全盲であるにも関わらず、 Visual C という普通はグラフィカルなインタフェースを利用して開発する言語を用いてアプリケーションの開発業務に携わっている。
Cさんは約10年前に視覚障害者用のアプリケーションソフトを主に開発しているB社に入社し、当初はMS−DOS上で動作するソフトウェアの開発に携わった。
しかし、Windowsの時代となり、B社の製品もWindows対応のものに変化して行った。
このような中で、Cさんはグラフィカルなインタフェースを用いない「コマンドライン」という方式で Visual C コンパイラを操作し、Windows用のアプリケーションソフトを開発するノウハウを会得した。
上記の例からも判るように、ITのユーザー・インタフェースが最近はグラフィカルになってきたことが視覚障害者にとって一つのハンディにはなっているものの、以前として専門的な技術・知識を持つ視覚障害者にとっては有力な職種の一つと言える。
現に、アンケート結果から見ても、視覚障害当事者からのアンケートで85件のうち7件、事業所向けのアンケートで41件のうち9件が視覚障害者従業員がプログラム開発に携わっていることを示している。
IT自体の社会需要は増大することこそあれ、減少することは近い将来の範囲ではとうてい考えられない。そして、そのITを対象とした専門業務も、ますます多岐にわたってくるであろう。
このことは、ITを対象とした業務であっても、グラフィカルな部分に関わりのない業務を生み出すことの可能性を広げることにもつながる。
例えば、大規模なデータベースであっても、そのデータ設計はグラフィカル・インタフェースとは無縁である。
また、LINUXを中心とするインターネット・サーバーの管理は、グラフィカルなインタフェースを用いないで行うことが一般的である。
このように考えると、ITを対象とした分野においても、視覚障害者のスタッフに適切な業務分担を与えることにより、会社にとって十分に戦力となる仕事をさせることができることは間違いない。
(近藤 義親、望月 優)
仕事は通常、職場という組織の中で行われており、自らの業務を遂行するためには、他の社員とのコミュニケーション(連携)をとることは必要不可欠だ。
コミュニケーションの手段は、口頭と文書によるものに大別することができるが、文書によるコミュニケーションは、IT機器の活用により、視覚障害者でも可能になった。
しかし、IT機器はコミュニケーションや業務遂行のすべてを可能にしたわけではない。
それは、IT機器はコミュニケーションや業務遂行のための1つの手段に過ぎないからである。
したがって、視覚障害者がIT機器を活用して、本人のもつ能力を十分に発揮するためには、職場環境、特に人間関係の構築が重要になる。
このことは、本アンケートで、視覚障害者自身が働いていく上で人間関係が重要であると回答していることからも明らかである。
一方、実際に視覚障害者を雇用したことがある雇用主の回答で、通勤に対する不安、職場でのサポートをどのようにしたらいいのかなど、本来の業務内容以外の面で、視覚障害者を雇用する際に漠然とした不安を抱えていたことも明らかとなった。
漠然とした不安を抱えたままでは、よりよい人間関係の構築はありえない。
そこで本項では、視覚障害者が働いていく上で、ITではカバーしきれない諸問題とその対応について考えてみる。
まず、視覚障害者とはどのような人をいうのだろうか。
視覚障害の状況を表すものとして、身体障害者手帳の等級がある。
視覚障害1級は視力0から0.01までとなっている。0.01といえば、眼科の視力検査でランドルト環という視票の最も大きなものが50cmの距離からわかる状態を示している。
つまり、最も重度の視覚障害1級といってもまったく見えない人から少し見える人まで幅が広い。
その上、視野の程度、障害を負った時期、視力や視野が進行性のものか、疾患の特性などを考えると、1人として同じ状況の人はいない。
上に揚げたような視覚障害という個性に加え、個人の特性として、社会人としての経験、IT機器の活用技術、当該職種に関する理解度・経験度などが加わる。したがって、視覚障害者に対する業務上の必要な配慮や支援(以下、サポートとする)は一律にはできない。
このため、実際には雇用する(した)視覚障害者本人、人事部、現場の3者において、どのようなサポートを行えばいいのかを話し合うことが重要になる。
しかし、話し合いで想定された状況だけが実際の仕事の中で展開されるとは限らない。
また、そのサポートだけを行っていれば、よりよい人間関係が構築されるというわけでもない。
そこで、職場で働くということを、1)通勤、2)業務の遂行、3)職場生活の3つに分けて考えてみる。
職場に出勤するためには、通勤という行為は不可避だ。
視覚障害者は、必要に応じて白杖を携帯したり、その使い方の訓練を受けたり、実際に通勤経路を歩行訓練士などと歩き、通勤の安全性を確保するように事前の準備を行っている。
このように、視覚障害者は、自分が事故にあうことによって職場に迷惑をかけると考え、安全に通勤する方策を考えている。
したがって、視覚障害者だから通勤は危険・困難であると決め付けないでいただきたいと思う。
また、通勤経路上などで職場の視覚障害者を見かけたら、声をかけ、本人の申し出によるサポートをお願いしたい。
このようなことは、コミュニケーションが深まる要因ともなる。
自己完結的な業務内容の場合、IT機器の活用により単独での遂行が可能だが、電子媒体になっていない情報源からの情報入手の場合は、サポートをお願いすることになる。
また、業務は組織の中でおこなっているため、遂行上、組織(他の社員)との連携やコミュニケーションが必要だ。
この際、口頭によるコミュニケーションの場合、その場所に誰がいるかが分からない状態では適切な発言などのコミュニケーションをとることが出来ない場合がある。
このような場合には、名前を名のるなどのサポートが必要となる。
また、文書によるコミュニケーションの場合は、本人が事前に申し出た方法(電子化、拡大化、読み上げ)でのサポートが必要である。
特にIT環境が整っている職場の場合は、電子化は有効だ。
また、拡大化の場合は、文字の大きさを同じにするように拡大することが大切である。
弱視者の中には、視野の狭い人もおり、単なる拡大は反対に見にくくなる場合があることも付記しておく。
職場ではトイレに行く、昼食をとる、お茶を飲む、諸届けの提出など、業務の遂行以外の様々なことがある。
このうち、トイレに行く、休憩場所に行く、食堂に行くなど、その場所への移動は、当初、不案内や不慣れなため、多少サポートが必要な場合もあるが、時間とともに慣れていくことである。したがって、永続的なサポートは必要ない。
また、諸届けに関しては、紙に書き込む形式の場合には、視覚障害者が提出可能な形式(電子媒体や拡大など)に変更する、紙に書き込む際に代筆するなどのサポートが必要となる。
一方、食堂や球憩室の利用に関しては問題が生じやすい。
カフェテリア方式などの場合にはメニューがわからない、空席が分からないなど、単独での利用が難しい場合がよくある。
また、休憩場所の利用に際しても、灰皿の位置が毎回異なる、自動販売機の品目が入れ替わるなど、細かなことではあるが利用する時点で一定の状況になっていない場合には、サポートが必要となることがある。
3つの場面についてみてきたが、どの場面においても、環境や状況を一定にすることが大切だと言える。
この環境や状況を一定にしておくという点について、もう少し詳しく考えて見よう。
障害の有無を問わず、同じ業務であっても、転職などにより働く環境が異なると、慣れるまでは大変である。
これは、業務という行為そのものは定型であるが、働く環境が非定型であるため、それに適応するためにはサポートと時間を要することを示している。
視覚障害者の場合は、晴眼者が定型と考えるような微細な環境の変化であっても、非定型の環境となってしまうことがよくある。
いくつか例をあげることにしよう。
例えば、普段は電子メールを活用して会議の内容を視覚障害者に知らせていたとしよう。
しかし、あるときだけ紙に印刷して会議の内容を知らせました。
この場合、会議の内容を知らせるという行為は定型であっても、その環境、つまり知らせる方法が非定型となる。
この場合は、サポートが必要となる可能性が生じる。
また、いつもは弱視者の要望にあった文字の大きさで、コミュニケーションをとっていた。
しかし、あるときだけ文字を大きくしなかったとしよう。
これも文字によるコミュニケーションという行為は定型だが、文字の大きさが非定型となる。
この場合もサポートが必要になる可能性がある。
さらに、移動の面を考えて見よう。
視覚障害者が移動する経路に、いつもはない荷物が置いてあった、いつもは全開しているドアが半開きだった、引き出しが出しっぱなしだったなども、移動する経路は定型だが、途中の状況が非定型となる。
このような場合、視覚障害者は荷物につまずいたり、半開きになっているドアや引き出しにぶつかったりする可能性があるため、サポートを必要とする。
つまり、視覚障害者にとって
(4) 心理面に対する配慮
最後に心理面を考えてみたい。
視覚障害者には、障害を持っているが故に他の職員と比べ、能力が低いなどと負い目を感じている人もいる。
また、職場の中ではできるだけ他の社員のサポートを受けずに、自分の仕事内容を独力のみで遂行したいと考えている人も少なくない。
障害ゆえに、単独で行うことが困難な状況に直面したとき、これら心理が邪魔をして、サポートを依頼しにくい気持ちになることがしばしばある。
その結果、業務遂行上で失敗したりすると、障害をその原因にしたり、業務への自信を失ったりしがちになる。
これがより一層、自分自身を卑下することにつながったり、他の社員との人間関係の歪みを生じ、サポートへの遠慮につながってしまうこともある。このような視覚障害者の心理面にも配慮した人間関係の構築が必要である。
今後、IT機器が発展しても、業務を遂行するためには職場の内外を問わず、他者との連携、コミュニケーションを通しての人間関係の重要性は変わらないだろうと思う。
そのためには、視覚障害者自身の努力や工夫なども大切だが、善意や同情心による過剰なサポートではなく、本人の意見を聞いた上で必要なときに適切なサポートを行うこと、またそのような職場の雰囲気や態勢を作ることも大切である。
職場にいる視覚障害者に対し、はれものに触るように扱うのではなく、一人の社会人、仕事人として接することが大切である。仕事には厳しく、人間関係には温かい配慮をお願いしたい。
(石川 充英)